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●ゼロから始める歯型彫刻講座A


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ゼロから始める歯型彫刻講座A

 

「石膏彫刻なんてやる意味ないよ!ワックスアップの練習をするべきだよ!」

 

……しばしばこんな意見を耳にすることがあります。

 

その論拠たるや、

「歯科技工士の仕事は“盛る”ことであり、“削る”のは歯科医師の仕事である。

ひたすら削り倒す石膏彫刻は理に適っていない」

 

といったものが大半を占めている印象が強いです。

また、労力に見合う成果が得られないといった話を聞いたこともあります。

 

なるほど、確かにそうかもしれません。

石膏彫刻をそれなりにやってきた私自身も、上記の意見には賛成です

 

実際、ワックスは削れば削るほど応力が加わって変形し易くなります。

ポーセレンにおいても、切削ポイントの損耗や時間の浪費を鑑みるに、

盛り上げのみで最終外形に近づけることが肝要でしょう。

 

そもそも石膏を削って歯を作るという工程は、臨床においてほぼ皆無です。

 

 

では、本当に石膏彫刻は無意味な練習法なのでしょうか?

ワックスアップの練習のみをこなせば、上手なクラウンが作れるようになるのでしょうか。

 

答えは否だと思います。

 

私個人は、ワックスアップVSカービング議論について下記のように結論付けています。

 

 

1.ワックスアップは「機能的形態を覚え、材料の扱いに慣れるための訓練」

  石膏彫刻は、「天然歯形態を覚え、形態修整精度を高める訓練」

2.理想的には両方の訓練を行うべき!

3.どちらの訓練法も人それぞれ効果の度合いが異なる

4.最終的なゴールをどこに見据えるかによって成果が異なる

 

以上です。

 

何故こんなことが言えるのか?

順に紐解いていきたいと思います。

 

 

 

@そもそも“盛り”のみでは形態再現できない

 

まず決定的に異なる点は、前記の通り“盛る”と“削る”にあると思います。

確かに臨床では盛って大概的な形態再現するのが主ですが、

盛りのみで完璧な形態再現はまず不可能です。

 

これは技術的な面もありますが、それだけではありません。

ワックスにせよポーセレンにせよ、溶かして固める工程を踏む都合上、

必ず丸みを帯びた外形に仕上がります。

 

臼歯部ならば多少丸々していても機能美と言い切ってしまうことで再現可能かもしれません。

しかし、前歯部は盛っただけで完璧な形態再現することは不可能です。

 

つまり、どこまで突き詰めても形態修整というステップは必須。

特に前歯部単冠補綴では、

反対側天然歯を見本にしながら表面性状を付与する工程が絶対的に必要とされます。

 

 

 

Aワックスと石膏では材料特性が異なる

 

ん?形態修正の練習なら石膏じゃなくて、ワックスを盛った後でも出来ますけど…?

 

もっともなご意見です。

 

 

しかしワックスは柔らかすぎる上、光透過性が石膏よりも高いのが問題です。

まず、

初心者がいきなりワックス彫刻で「周波条のような極めて微細な特徴」を再現しようとすると

「誤って削りすぎる」エラーが頻発します。

 

石膏でもこれは同様ですが、石膏とワックスでは根本的に硬度が異なります。

縦横に数ミクロンずつ慎重に削っていく、といったことが技術的に難しいのです。

 

また石膏よりも光透過性が高いため、視認できる特徴(凹凸)が希薄化します。

 

早い話、材料の光透過率が異なる場合、同じ深さの溝でも同じ深さに見えないのです。

 

つまり石膏上で視認できる特徴を見たままワックス上で再現してしまうと、

ワックス側は必ずオーバーテクスチャーになってしまうのです。

 

例えば自身の製作したクラウンが口腔内にセットされ、

それが印象採得されて石膏模型に置き換わった時。

表面性状が過剰、あるいはひっかき傷の様になってしまっていた……。

 

こんな経験は誰しもがあるのではないかと思います。

 

臨床で石膏を削って歯を作る機会はありませんが、

臨床で模倣すべき対象は常に石膏の歯です。


石膏歯(天然歯)の微細な形態を覚えるためには、

同様の特性を持つ石膏材料を用いた訓練の方が有利と考えています。

 

 

 

B石膏なら同様にエンジンを使った形態修正が可能

 

加えてレイヤリングクラウンの形態修正は、必ずエンジンとポイントを用いて行われます。

エンジンの扱いはナイフと微妙に異なりますので、

ワックスアップ+ナイフによる訓練を繰り返しても、

臨床のエンジンを使った形態修正では思うようにいかない場合が多いです。

 

レイヤリングクラウンに対する「ミクロン単位の微細な表面性状」の再現においては、

同様にエンジンを用いた訓練をしなければ手に覚えさせることができないのです。

 

ワックスをエンジンで削るのは極めて困難ですが、

石膏ならば臨床のクラウン同様にエンジンを用いた形態修整も可能です。

 

例えば、左右どちらか一方の上顎中切歯を薄くワックスで包んで表面性状を隠し、

それを印象採得した上で石膏注入・模型を製作する。

あとはエンジンを用い、臨床の形態修正と同様に表面性状を再現していく……。

 

こうした訓練は、ワックス材料では難しい一面があります。


臨床模型は超硬石膏によって製作されることが多いですから、

訓練にも同様に超硬石膏を用いるのが理想的でしょう。

 

そもそも超硬以外の石膏は、

表面滑沢性の点から微細な表面性状の再現が困難だったりします。

 

石膏彫刻は当然ナイフも使いますが、

エンジンを使うこともできるという利点は無視できないポイントだと思います。

 

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 図@ 色が違っていても、表面性状が合っていればそれなりに見える…かも!?

(上顎右側中切歯ジルコニアクラウン)

 

 

Cやり直しの利かない訓練は速度向上に優位

 

石膏彫刻の利点の一つとして、「決してやり直しが利かない」点があります。

 

削りすぎてしまえば元に戻れませんので、どうしても削りに対して慎重になります。

とりわけ、見本同様に仕上げる「模刻」においてこれは顕著です。

 

ワックアップの良くない所は、何度も盛ったり削ったり出来てしまうところにあります。

つまり「最適な量を的確に削る」といった加減を学び難いのです。

石膏彫刻は天然歯形態を覚え、再現する為の訓練です。

 

「どこをどのくらい削ると理想的な形に成るのか」

「ここが出っ張っているときはここを削ればこんな形態になる」

 

こうした感覚を手に覚えさせる為には、

やり直しの利かない石膏彫刻の方が向いていると言えます。

 

もちろんワックスアップでも

「一度盛ったら削らない」という制約を設けて練習することもできます。

 

しかし、「やばい!さっきまですごくうまくいってたのに削りすぎちゃった!」と思えば、

つい盛り足したくなってしまうのが人間です。

 

ところがその削りすぎ感は目の錯覚であり、

後々形態修整していった際に、実は適量だったと判明することも多々あります。

特に切端の長さや、咬頭の高さにおいて頻発します。

 

盛り足しが出来る訓練法は、こうした錯視への気付きに対しても妨げとなります。

 

 

 

Dパーツごとに組み上げていく訓練は石膏彫刻では不可能

 

反面、石膏彫刻の最大の欠点として、削り出しであるがゆえに

パーツごとに構成していく臨床的な造形方法が不可能といった点が挙げられます。

 

ある程度歯牙形態に精通してくると、自然と歯帯・辺縁隆線・中央隆線・切縁結節……

といった様に、部位ごとに盛り上げて造形していく方が楽だと感じて来るようになります。

 

臨床ではクラウン形態は毎回異なりますので、

歯を一塊として捉えるより、部位ごとに区切った方が応用利きやすいのです。

 

とりわけ咬合面は対合歯によって如何様にも変化しますから、

隆線単位で捉える造形法は理に適っていると言えます。

 

状況に応じて百変化する補綴装置に対応するためには、

ワックスアップ訓練を繰り返す他には方法がないと思っています。

 

石膏彫刻のみで上達してしまうと、

「最終的に削り倒せばなんとかなるからいいや」と

盛り上げをサボる癖が付きやすいのも考えものです。

 

 

 

E天然歯形態を覚えても臨床に役立てられない場合がある

 

また石膏彫刻ばかりしている技工士にありがちですが、

天然歯形態にこだわるばかりにどんな場合でも解剖学的形態を当てはめ、

非機能的な位置で無理やり咬ませようとする傾向があります。

 

また、歯列ガン無視で全部自分の思ったカッコイイ形態にしてしまう

といったエラーも多いです。

支台歯の形態や歯肉の状態をスルーしてカントゥアを決定してしまいがち

なのも難点です。

かく言う私も、一度これらの過ちを経験していたりします。

 

最初に咬む位置や咬頭の高さを決めていく盛り上げ方法は、

咬頭干渉を自然と回避できるのが長所です。

 

とりあえず塊で盛り上げて、そこからゴリゴリ彫刻していく造形方法だと、

後々多大な咬合調整をするハメになります。

 

それがラボサイドであれば時間の無駄で済みますが、チェアサイドで起こってしまうと大変です。

こうした点から、「機能的咬合面のワックスアップ訓練」は絶対的に必要だと思っています。

 

 

 

 

 

Fまとめ

 

天然歯同様の審美性を持つクラウンを製作したければ、是非とも石膏彫刻をすべきです。

 

また天然歯形態には機能的かつ清掃性に優れた、

クラウンへ模倣すべき特徴がたくさん内包されています。

 

ただし、石膏彫刻はあくまで天然歯形態を覚える訓練です。

そればかりをしていても臨床は上達しませんし、

機能的な咬合面の構築方法はワックスアップ訓練を重ねるのが一番の近道です。

 

「天然歯形態とか言われましても、患者はそこまで求めてないし。満足して貰えればそれでOK!」

というスタンスであれば、石膏彫刻なんてしなくてもいいかもしれません。

 

とりわけ、一般の患者は天然歯形態については非常に疎いですから、

石膏彫刻をしても臨床で効果を体感し辛いのも確かです。

 

そして石膏彫刻は一朝一夕で効果の出るものではなく、

一か月から一年単位の努力を重ねてようやく成果が得られるものです。

 

かと思えば、手先が器用で先天的にセンスのある人は、

特別な訓練をしなくても最初から天然歯形態が再現できる場合もあります。

 

人によっては、これだけでやる気が失せるかもしれません。

 

それでも、今までより上に。

現在の自分より巧く。

更なる高みを目指すのならば。

 

 

……意識の高い患者が来院し、天然歯同様の審美性を有するクラウンを求められた時、

自分は一技工士として、果てしてどのレベルの補綴装置を患者に提供したいのか?

 

───目的に応じたトレーニングを、自分に合ったやり方で努力していけば良いのではないか。


そんな風に思います。



ゼロから始める歯型彫刻講座B へ続く

 

【 関連ブログ 】

>>ゼロから始める歯型彫刻講座@

>>臼歯の咬合面がスパゲッティな話

 

 

           noodles-2150181_1920.jpg

            ライター 瀬 直

 


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